蝋人形の館「涙果」別タイトル祈り
どれだけ涙を出せば相手に届くの?
「わからない」
どれだけ相手を泣かせてしまえば僕の不安は消えるの?
「相手を泣かすことが強さじゃないよ」
たくさん泣いた分僕は強くなるの?
「・・・」
僕の答えを拒むように相手は口を閉ざした。
真っ白な水の中、細い管、僕よりも低い人が僕を心配そうな顔をして見つめていた。
それが今の僕に見える景色。
ここは水の中で息が苦しいはずなのに地上にいる時よりも心地がいい感じがするのは何故だろう?
僕は人一人が入る水の中に入っている。
僕はいつの間に入ったんだろうか?でも嫌々入っているわけじゃないのは分かっている。
一体僕に何があったのか。
そして、僕を心配そうな顔をして見つめているあの優しい目をした人は誰だったんだろうか?
僕を包む水と同じ色で僕の頭は真っ白だった。記憶を手繰り寄せようとしてもうまくつかめないけれど必死になって思い出そうとする。
「本当に思い出してもいいんですね?」
聴覚じゃなく頭の中で優しい男の人の声が聞こえてくる。
下を見ると僕を見守っている男の人が口を開けて僕に向かって話している。
僕はその問いかけに答えるように首を縦に振った。
断片的だった記憶が徐々に具体化していく。
僕が着ている服がいつの間にか学校の制服になったり、目の前にいた男の人がいなくなって学校の風景になったりした。
い・・嫌だ。お願いだ。この景色を今の僕に見せないで。
だけど記憶と景色は僕が嫌っている学校になってしまっていた。
胃がむかむかしてくる。涙が出そうになる。だけどその映像は止まらない。
たった一年前なのに学校が嫌いで、学校から足を遠のいてしまったのも理由がある。
「おまえさぁ暗いんだよな」
クラスメイトで中心的な存在の人から言われた一言だった。
ほんのささいな一言だったんだけどそれが僕の頭と心を支配してしまって
その日からずっと僕の中に鉛が入ったみたいに重たくなってきてしまった。
その日以来学校の制服を見ると吐き気を覚えて、その吐き気を堪えながら学校に入るけれど足がすくんで動かない状態。
動きたいのに動けない。
そんな中途半端な僕がこんな集団生活の中で適応できるの?
こんな僕が一緒に勉強や活動をしてもいいの?
わからない。わからない。
こんな思いを抱いているのに学校のみんなは楽しそうに笑っている。
クラスの事、友達の事、恋愛の事、授業の事、進路の事バラエティにとんだ話をして談笑しているけれど
僕にはどれも話す事など無い。
ああ・・この時点で僕は仲間とは違う異端者なんだ。
そう思ったときに何故か笑ってしまった。失笑だ。まだ年端もいっていないのにこんな事で笑えるなんて嫌だな僕。
もういい。おなか一杯だ。助けて欲しい。
そんな気持ちを抱えながら家族共有で使っているインターネットをしているときにあるメンタル系サイトにたどり着いた。
真っ暗なな背景で僕の好きな色と素材が散らばっていてすごく綺麗だなと思ったサイトだった。
そして掲示板を見ると心の中に傷を持っている人が書き込みをしているのをみて
気が付けば僕は書き込んでいた。
ただの気まぐれだったのかもしれない。次の日そのサイトをのぞくとレスがあった。
それも僕の気持ちを共有してくれて、励ましてくれる優しいレスだった。
一人でいるのも嫌だ。でも他人といるのはもっと嫌だという我儘な僕がはじめて癒しをもらった場所を偶然にも見つけてしまった。
家族は僕が出て行った後に両親ともどもでてしまうからはじめは学校に行くフリをして両親が出て行った後で急いで家に戻った。
そして軽めの食事をとりながらまたそのサイトへ行く。
僕みたいに悩んでいる人はたくさんいるんだなという事
そして傷ついた時にはその傷を塞ぐ力を人間は持っているという事
言葉は毛布にも刃にもなる事
そしてかけてもらった毛布の心地よさ、繋がっている手が暖かくて眩しい事
そのサイトからレスだけでなくいろんな感情をもらった。
そして友達兼、家族兼、尊敬する人ができた。
彼女の名前はユウナ。僕が切羽詰った時に一緒に載せた携帯電話のアドレスから長文を送ってくれた年上の女の人。
自己紹介よりも先にユウナの思いが伝わる文章を見て思わず泣き出しそうになったけれど泣くのを堪えてレスをした。
Reありがとう。
僕に人の温もりを教えてくれてありがとう。
こんな言葉しか浮かばなかったけれどすぐに教えたかった。ユウナの一言で僕は救われた事を。
訳のわからないメール送りつけてごめんなさいと必死になって謝っているユウナに頭を上げて欲しかったから。
僕もユウナに負けないぐらい長い返信を送った。
インターネット、ユウナという存在を持ちながら学校に必死になっていったけれどとうとう限界がきた。
それは突然だった。
みんなが笑っているのを見て僕の事を見てわらったんじゃないのか?
みんなが僕の事をどうでもいいようにみつめているんじゃないのか?
本当に僕はここにいていいんだろうか?
という疑問がでてきてしまった。
わからない。こんなに考えても何年生きてきたけれど分からない。誰にも解けない問題を突きつけられた気がする。
だんだん分からない状態から、僕の体まで鉛が侵食してしまったんじゃないかというくらい重たくなってきた。
だんだん地を這う時間が長くなってきたのかもしれない。
いつものように母親が僕を起こしに来る声ですら億劫に感じるんだ。
重たい。きつい。助けて。
叫ぶ事もできずに重たい体を引きずりながら学校に行っていたけれどもう本格的に動かなくなってしまった。
僕の体なのに、僕の言う事が聞いてくれない。
どうして?何十年間と使ってきた体が他人のもののように感じてしまう。
その様子を見てようやく両親がある日突然「学校に行かなくてもいいよ」と言ってくれるようになった。
その日から僕は学校へ行かなくなり家にいる時間が長くなった。
こうなってしまった事をまず先にユウナにありのままの事を言ってみた。
「そうなんだ・・」戸惑いながらそれでもありのままの状態を受け入れてくれた。
そして無理しなくていいんだよ。ありのままの自分でいられない場所なら他の場所を探せばいいんだからさ。
怖いものと守るものが見つかったらきっとわかるよ。本当の居場所ってものが。
という私は見つかっていないんだけどね。そういってメールを止めたのを思い出した。
他の場所・・?家族、塾、近所のスーパー、好きで描いている絵の教室
それくらいしか思いつかない。
怖いものは人間だ。そして自分をここまで追い詰めている僕自身だ。
守るものは何だろう?何も思いつかない。
僕はどうしたらユウナみたいになれるの?
そんなやさしい事いって、誰かを守りたいのに僕にはできない。
優しいだけじゃなくて強い人になりたいよ。
そんな事がいえないできない僕はやっぱりいらない人間なのかもしれない。
ただ泣いてわめき散らす事しかできないから。
そう思った瞬間景色が揺らめいて蝋人形の館と呼ばれる場所にたどり着いていた。
名前からして胡散臭そうな名前だから心臓とかそんな臓器を売り飛ばすものなのかなと思っていたけれど違っていた。
案内人赤光の優しい口調と誠実な目と説明でここが僕にとっての分岐点になるんだなと思った。
いつも僕を呼ぶ声は
「学校にいけ」「がんばれ」「多少緊張しても乗り越えろ」「自分に負けるな」
ただがんばることだけ要求されてしまっていたんだ。
どうがんばってもあの僕を失笑するような声が消えない。
学校のみんなを見ると不愉快になる。
僕の気持ちも知らずに笑っているから許せなくてやるせない気持ちになる。
その空間に熔け込めたくても溶け込めないやるせなさと同じ人間なのに同じ時間を共有しているのに心は全く別な状態の切なさが僕を締め付ける。
どこに行ってもどうせみんな同じそう思っていたのにここは違っていた。
一人なんだけど一人じゃない心地がよい空間。
心に響く優しい声
一人じゃない事を示す元は人間だった蝋人形があるからちょっと怖い部分があるけれど今は平気になった。
ああ。今日で何日経っているんだろう。
時間間隔が無い。
ここがあまりにも居心地がいいから、赤光や蝋人形達が優しい毛布を掛けてくれるからそのまま眠ってもいいくらい今心地がいいんだ。
僕の体の半分を占めている水の中に立っていてこんなに心地いいなんて。
心地いいといえば携帯越しだけど聞こえてきたユウナの声だった。
いつも僕が困っている時には長い文章でメールを返して自分のことのように必死になってくれる人の声は
そして僕の声がちゃんと聞こえて届くのか心配だったけれど
学校に行かなくなったときに初めて電話をしてみた。
お互い電話が好きとかじゃない話下手だけど
「はじめまして」
緊張しているユウナの声をはじめて聞いた。
こんな人がメールを送っているんだ。率直にそう思った
学校で聞く大声でわめき散らす女子の声とは違う大人の落ち着いたちょっと低い声
でも僕には心地よかった。もうちょっともうちょっと話したかったけれど
本当はいろんな事はなしたかったけれど
途中で携帯電話の料金を払っている父親が着たからすぐに切った。
今まで学校の範囲内だけどいろんな女子を見てきたけれどユウナみたいな人は初めてだった。
自分の中にあった痛い出来事を話しながら、僕を支えてくれるなんて
まるでその痛みがあるから人に優しくできるんだみたいな感じがしてとても痛くなった。
そんなユウナに優しい毛布をかけてもらえるだけの価値があるんだろうか僕は?と思ってしまうから。
だからユウナのメールは支えなんだけど、僕の痛いところを少し刺激する。
僕は僕の事で手一杯なのに、ユウナもユウナで色々と大変なのにそれをあまり感じさせない話の持ち出し方ができているから大人だなと思う。
電話の最後にこう聞いた
「ねぇユウナ。僕はユウナのこと大切な友達だと思っている。どうやったらユウナになれるのかな?」
少しの間があり、しっかりした声で
「あなたはあなたにしかなれないんだよ。世界で一つだけの存在にね。人間生きていたら誰だってその人にしかない生き方をして逝くんだよ」
僕の生き方。それが今の僕には見えない。
だから蝋人形になるのか、現世に戻るのか、消滅するかの三択で迷っている。
僕には僕が進む人生の列車には止まりが見えない。どこにも誰にとってもそんな場所が無いから。
「あなたは一人じゃないですよ」
赤光の声が頭に響いたと思ったら目の前にこの館に来てから見なくなった僕の携帯電話が出てきた。
その中には家族、友人、ユウナのメールや電話の記録が刻まれている。
まだ少ない僕の携帯メモリーだけどあの日はあんな事を話したとか、こんなメールを送ったとか事細かに何故か思い出せた。
「あなたを支えてくれる人はいますよ。だってあなたはこんなに優しい人じゃないですか」
どこからか優しい女の人の声が聞こえてきた。
声がする方向に顔を振り向くと目の前には蝋人形が立っていた。
蝋が溶けて中からその女の人が動きと共に出てきた光景に一瞬戸惑いを隠せなかったけれど
はじめてみた母親以外の女の人の裸体にドキドキしてしまった。
綺麗な体のライン、優しい色のルージュ、綺麗に整ったネイル、僕を優しい目で見つめる瞳
僕の中に眠っている男の部分が熱く反応してしまう。
「私はもう泣くことも笑うこともできなくなってしまって色々と現世での問題がありすぎたからここで蝋人形になることを決めたの」
柔らかい笑顔で僕に話し掛けるけれどちゃんとこうして僕に笑いかけているのに何故?と思った
「どうして?」
「でもねもう少しがんばれたら別の未来があったのかなぁなんて思うのよ。乗り越えた先には必ず強くなれる秘訣があるからね」
「誰も明日の事なんかわからないよね・・・僕も今どうしていいのかわからずにたたずんでいるだけだもん」
「今はこうやって人前で話す事ができるようになったけれどあなたが優しい目で私達蝋人形に触れてくれたから私はあなたに」
声が消えて女の人は再び蝋人形に戻ってしまった。
「時間です。あなたはどうしますか?さっきの女性のように蝋人形になりますか?それとも現世に帰りますか?それとも消滅ですか?」
赤光の声が聞こえたと思ったら体はいつの間にか水の入ったカプセルの中から出ていて濡れているはずの服も乾いていた。
「ねぇ」
「はい?」
「赤光が僕だったらどうするの?」
「・・・そうですね。彼女がいない現世に戻ってもしょうがないと思いますけれど今こうして管理人として生きていて、さっき見た蝋人形になっていく人たちの心と痛みを
感じてしまったならば現世に帰ろうかなと思います。
「誰が待っていなくても?」
「はい。私は彼女を失いましたが酷い話になりますが僕がいなくても彼女がいなくても世界は廻っていますからね」
「・・・・・・」
「でもあなたにはちゃんと待っている人がいるじゃないですかだからここに着たんですよね?決断をしに」
「そうだね」
声が強張ってしまう。痛いんださっきの女の人の最後に笑ってれた顔が
優しい声で辛い過去を話してくれた声が
整っているネイルの先に見えた自分を傷つけた跡が
自分で自分を焼いたような跡とナイフですっぱり切ってしまった傷跡が
さっきの女の人が見せた生き様とした体が
すべてが僕の中に重なってそして消える。
僕に最後に言ってくれた言葉 声には聞こえなかったけれど唇を見たら分かったんだ。
「あなたにはいきていてほしい」
こんな言葉ユウナからも言われていた。
夜遅くても朝早くてもその日のうちに必ずレスしてくれたユウナの言葉とさっきの女の人が重なってしまうんだ。
さっきの女性がユウナのように見えるんだ。
僕には前にも先にも道が無い。
そういったときに止まる駅は一生探しつづけるのかもしれないけれど必ずトンネルを抜ける時があるんだよと教えてくれた。
二人の女性からあんな目で声で言われたんだから僕はその気持ちに報いたい。だから今決断するよ
「僕は現世に戻るよ。がんばって自分の道をさがすために」
「分かりました。あなたが自分の寿命を精一杯使う事を祈っていますよ」
僕の携帯を渡したらそこから光があふれ出ていた。
まぶしい光に包まれて次に目を開けた時には学校だった。
また何分の一の存在に戻る為にまた個人から集団に戻る為に一人の僕から誰かの為の僕に戻る為に
もう一度だけ追いかけてみるよ。
お守り代わりに携帯電話を握り締めてその場に立っていた。
「赤光お疲れ様」
「貴女の願いどおりあの人はちゃんと自分の世界にもどりましたよユウナさん」
「本名じゃなくてハンドルネームで呼ばれるとは思わなかったけれどこれで私のお願いは消化しちゃったよ」
「そうですね。今日の依頼者は貴女でしたからね。羨ましいですよ自分のことよりも他人のことを願えるなんて」
「それだけあの子が眩しかったから。私の持っていないものを持っていたからその力でみんなを幸せにできるとおもってね」
「あのお方も迷子だったんですね。」
「そうね。私は自分の闇に負けてしまいそうだけど私みたいになって欲しくないから私に差し出せるものは差し出してあの子が自分で立つ力を手に入れて欲しかったよ」
長い髪を揺らしながら書き上げる手を止める赤光
「業務以外のことをしたから貴女からいただくものはその長い髪になりますがいいですか?」
「はい」
蝋人形の館も私赤光も万能な人間でも力の持ち主でもなんでもない。
だけどここに来る人たちの願いはなるべくなら叶えたい。そこに未来があるのならばすべて叶えたい。
それに相当する代価は必要だからめったに業務外のことをお願いされることはないけれど
今回のお客様であるユウナさんの願いはまっすぐで強かったから迷子になったあの方との距離を近くにさせて
お互いが共倒れにならないようにしたかった。
私の願いはいつでもお客様が笑って決断できることだから。それが私の祈りでもあり願い。