重度の精神障害のため物心つく位から治療に最適だとここで生活をしている。
目に優しい大きな字の本、柔らかい白を基調とした壁紙とカーテン、アロマオイル外を見渡せば四季を彩る花、鳥のさえずり,水の音など沢山の音が聞こえてくる。
ーだけど私は未だにこの建物から外には出れないー
患者のことを配慮してか花を部屋に置いてくれるけど、この部屋には香りも変化も見せることなく枯れてしまう。
歳を重ねるごとに自分の心が凍っていくのか どこを見ても、何をしても真っ白に見えてくる。
決まった時間に起き、同じ服を着て、医師が来て、決まった時間に眠る。
そんな生活が続きどんどん枯れていく花と同様に心まで失っていく。
外の景色に焦がれながら、心を失っていきこの空間から抜け出そうと
気持ちも、力もなくただずるずると無駄に時間が消えていく。
両親は私をここに入れた後一度も姿を見せない。差し障りのない文章の手紙とビデオレターが月に一度手元に繰るけどそれですら決まった日に送られる。
「あなたの事心配しているのよ。はやくよくなってね」
「愛しているよ」
必ずこの言葉が並べられた手紙と年々と老けていく両親を見ていると滑稽に思えてしょうがない。
だったらどうして私に会いに来てくれないの?私をここに置き去りにして、、、。
幼い私はそう思って泣いていた。「早く迎えに来て」「私を一人にしないで」言いたかった気持ち だけどぶつける相手もいなくて決められた生活を生きていく事しか術がなかった。
次第に私は生きる鎖に縛られていると思うようになっていった。
姿は形は人間だけど、一日一日を決められたまま同じ生活をおくるためでしか存在しないマリオネットのように思ってしまう。
鎖につながれた飼い犬のように支配されなきゃ一人で外に出る事も出来ない自分に愛想もついてしまった。
義務のように送られてくる手紙もビデオレターも封を開けることも泣く溜まっていく。
「私を呼ぶのは貴女ですか?」
今まで一度も医師とブラウン管越しの両親の声しか聞いたことのない耳に綺麗な声が聞こえてきた。
無意識のうちにもっと聞いていたいと声の先に目を動かすと 常に真っ白な部屋が闇に染まり、初めて目の前の景色が変わったことに嬉しさと驚きが私の心をくすぐる。
闇の中を歩こうとゆっくりと歩き始めた時に鮮やかな炎がついた蝋燭を持った男の人が口を開く。
「『蝋人形の館』の案内人赤光です」
真っ暗な闇の中で炎の明かりに浮かび上がる男の人に私は見とれていた。
金髪に近いけど落ち着いた明るさを持った髪の色、細身でバランスが取れている体格に来ているタキシードがみごとにマッチしている。
男の人には思えないつるんとした白い肌に形のいい唇が綺麗な言葉と声で話かけてくる。
「立ち話もなんなのでそこに座ってください」
何もない暗闇だった空間にどこからか立派なテーブルセットが出てきた。言われるまま柔らかい感触のソファーに腰をかけてみる。
それでもなお私は赤光の顔に 茶色の目が自然と私の心の中を癒してくれるみたいな瞳に魅入っていた。
右目だけはモノクルをしているけどとても綺麗。
「私どうなるの?」
何年ぶりに自分から他人に声をかけたかな、、と疑問に思いながらも発した声はとてもつたない声だった。
「ここに来られた方は生きる事に疑問を持ち心に疲れを感じるほど追い詰められた方々がくる場所です」
赤光はにっこりと笑い緊張している気持ちを解そうとしてくれる。
意志も心も失っていき、決められた生活の中でしか生きていけない、知らない私にとてもお似合いじゃない。
乾いた笑みを浮かべ、皮肉な事を考えている私の目に一体の蝋人形が見えた。
ソファーから立ち上がり、そっと蝋人形に触れると微かに温もりを感じる。
どうしてんだろう?はじめて見るこの不思議な館、案内人の赤光、『蝋人形の館』に由来する人形に長年いた部屋よりも安らぎを感じている。
「ここにある蝋人形は元は人間なんですよ」
背後から赤光が説明をしてくれた。
この館では一日一人私のようにここへ来た人たちと話をして 今後の事を選択し決める場所で
1つは今世に戻る 2つは蝋人形になる 3つは体も心も消滅し今世での記憶も失う 大まかな選択を教えて お客の私の意志が決まればどの選択を叶えてくれるといってくれた。
「蝋人形になる契約を交わした方はこの様に館に置かれるか、行きたい場所に届けられるのです」
蝋人形になればもうこんな不毛な思いも 決められた生活もしなくてもいい。
枯れていく心、凍りつく表情も、、もう私は人間として生きていけないと思っているから あきらめているから。
生きて、何の支えも生きがいもないまま、これからもあの白い部屋 いや独房の中で生きていくなんて・・何を考える事も、聞きたくもない声も聞かずにいる人形に 本当の人形になれるのなら
だったらもうこの手で消してしまおう この自分を、、、この体も。
「私を蝋人形にして」
「いいのですか?」
ゆっくりと頷いてもう一度同じ言葉を繰り返した。
「わかりました」
部屋を出て薄暗い廊下を赤光の背中を頼りに追いかけながら歩いていく。
赤光の足が止まるまで初めて私は自分について考えてみた。
普通人形になる事に不安や恐怖を感じるんじゃないかな?と。だけど私はこの時を待っていたのかもしれない。
生きる事に少しの価値も魅力を感じる事もなく生きていくだけの生かされているだけの自分に見切りをつけられてよかったと。
R-1とかかれた部屋に止まり 扉を開ける。
「前にあるカプセルに入ってください」
赤光が私の手を取ってそのカプセルの前まで案内をしてくれた。
医師の手だけしかしらない スキンシップもその程度しか取っていないから初対面のしかも男の人の手に不快感どころか 細いけどしっかりとしている手のひらから伝わる温もり
鼻をくすぐる甘い香水と男の人の頼りがいと安心感を与えてくれる。
「いい香り、、」
失っていた感覚が興味が湧いてきて思わず口にすると、赤光は照れたように笑い
「エリザベス・アーデンのスプレンターオードパルファンスプレイという香水です。気に入りましたか?」
「うん」
優しくて頼りがいのある大人の男の人で案内人なのは分かったけど、あんな風に人間味のある笑顔に今までの笑顔とは微妙に違う発見できたことがとてもうれしかった。
「蝋人形になったらどこに行きたいですか?」
一人しか入れない小さなカプセルのドアを閉じながら聞いてきたから
「傍観者として大嫌いな両親の老い先を見つめてやるわよ」
少し目を閉じて赤光は「そうですか、、」と答えた。
ドアを閉めると足元から淡い緑色の液体が溢れ出てゆっくりと顔から上を越してきたけど全然苦しくない。水の中なのに呼吸が出来る。
身体が水の中だから宙に浮いてゆらゆらと揺れている身体がお魚になった気分だった。
目を閉じればとても気持ちがよくて温かい。
ー「今なら戻れますがどうしますか?」−
甘く優しい声が耳元で聞こえてきたから、閉じていた目を開いて赤光の方を見ると 寂しそうに微笑んでいる赤光がいる。
何故声を発していないのに声が聞こえるのか分からないけど 直接心に語りかけるのかなと思い浮かんで
ー「ありがとう。私に彩りを与えてくれて」−
私が思ったことを伝えようと思いを唱えた。
きっとこのやり取りは聴力じゃ聞こえない 今限りの私と赤光だけの会話だから。
彩りと人間らしさを与えてくれた赤光に少しでも喜んで欲しくて微笑んでみた。
ー「一つ聞いてもいい?」−
ー「どうぞ」ー
ー「貴方は人間ですよね」−
強い確信を含んでいるから質問じゃないと思うけど どうしても最後に聞きたかった。
少し困った表情を浮かべながら
ー「、、、ええ。そうですよ。でもどうして貴女は分かったのですか?」−
初めは赤光の綺麗さをみて あまりに綺麗だから人間じゃないかも、、と思ったけどさっき一瞬だけ見せた『案内人赤光』じゃあに素顔があったから それに優しさの中にあるその目がとても
ー「だって貴方も私と同じ目をしているから」−悲しさと哀しさが伝わったから。
私の思いを受け止めながら でも躊躇いながらゆっくりと告げた。
ー「、、大切な人を失い、私も貴女と同じここに来た人間です。この香水もその大切な人が使っていたものなんです」
カプセルの水がなくなり外に出ると、さっきみた蝋人形の首筋にうまっていた石と同じ色の石を私に手渡した。
「その石は貴女の命を象徴しているのですよ」
これが私の命、、。こんな綺麗な石をしていたんだ、、。
「大切な人がいなくなった代わりに香水をつけていると彼女に包まれている気がするので、、。」
「赤光はこうやってこの空間にいて辛くない?」
「辛くないといえば嘘になりますが、私は貴女達を見守りつづけていくことで 彼女を守り通せなかった懺悔として生きていきます」
哀しそうに笑う顔が 見ていて辛くて少しでも取り除きたかったから震える手で 赤光の身体を抱きしめた。
「きっと貴方にも幸せと呼べる日がきますよ」
私の抱擁に最初はびっくりしていたけど ゆっくりと強くない力で返しながら
「どうしても貴女は蝋人形になっていくのですね」
「今こうして今まで生きてきた中で幸せと呼べるから いいの。私はこれで」
サナトリウムという白い独房に居ながら生きる事も何かを感じる心も失った私にこんなにいろんな事を感じることを与えてくれた赤光に出会えたから。
そっと身体を離すとさっきもらった石が光を放ち 私の足元から人形と化していく。
それでも怖くない。こうして最後を見届ける赤光がいるから。
他者との温もりをこんな私にも感じることができたから。本当にありがとう。そしてさよなら最後に赤光にこのことを伝えて私は人形になっていった。
その後蝋人形となった彼女は両親のもとへ送られていった。
初めは驚き、突如いなくなった娘とそっくりの人形を娘の代わりとして部屋において大切に飾っていった。
部屋には娘の成長を思い、想像して袖を通す事もなく増えていく新しい洋服と学用品いつでも帰ってきてもいいようにちゃんと手入れをしていた部屋に、、。
両親は自分達が会いに行けば娘の病気に差し障ると思い 会いたい気持ちを押し殺して その分
手紙やビデオレターで気持ちを伝えてきた。だけど娘は自分は愛されていないと思ったまま成長してしまった。
会いに行きたいんじゃない 娘に戻ってきて欲しかった。という両親の気持ちに気付く事もなく
すれ違ったまま、、彼女は蝋人形となり意識もない蝋人形が両親を見つめている。