蝋人形の館 灯火 BGM BEAT MY LIFE
何度ゆびでこすっても、目を閉じてもあの月は消えない。
月から隠れようとする自分を暴くように今日もやわらかい光を発している。
夜風に当たられたのか冷えていく体いっそのことこの心も凍えてしまえばいいのに。凍えて・・固まって、消えてしまえばいいのにこの寂しさも、空しさも。この涙も
「先生、数学のように答えがひとつしかないものって他にあると思いますか?」
雨上がりの湿った風を遮断するように私は窓を閉めながら尋ねた。
「私個人では普遍的なものだと思いますよ」
「・・・私には普遍的なものなんてありませんから」
好きなものがあった。それは目に見えなくて、形になりにくいものだけど
「変わらないものはないといいますが 変わらないものもありますよ。私にも、あなたにも。無理に答えを探すよりも、今を大切にしていく方がきっと分かると思いますよ」
穏やかな笑顔を浮かべて話してくれる先生
「わからなくていい答えだってありますよ」
「え?」
「すみません。今日急ぐのでこれで」
口をふさいで逃げるように教室から出て行く準備をはじめる。危なかった・・・もうちょっとで言いかけるところだった。
「私でよかったらいつでも話してくださいね。お気をつけて」
「失礼します。赤光先生」
背を向けたまま手を振って教室を出て行く今日のお客様を見届けながら呟いた。
「まだ館にいらっしゃるには至っていませんね」
「こんにちは♪古閑先輩」
「ああ。おはよう新田少年」
「いいかげん少年呼ばわりしないでくださいよ。今日は縦まきロールですか?」
朝念入りに巻いてきた髪を乱さないようにそっと自分の手の中に収めながら聞いてくる。
「ええ。制服だけじゃ私の個性とか伝わらないからせめて髪形だけでも自分らしさを出していきたいなって思ってね」
せっかくかわいい制服に身を包んでいる一番綺麗な年頃なのに、なんで個性を押し殺して右を向けば右の教育に従わなきゃならないのか?
同じ制服を身にまとっていて連帯感をアピールしているのか?みんな同じように行動をする事を身に付けさせたって社会に出てしまえば個性が重宝される時代じゃない。
みんなと同じ事をして安心している、あたりまえのように感じていたって・・新しい環境に適応できる能力を上げなきゃ自滅するだけ。
だから私は唯一個性を出せる髪型だけは形に入れないようにしている。
「俺、先輩のそういう所も好きですよ」
「もう。朝から何言っているの」
少年のようなあどけなさが残っているひとつ年下の後輩新田君が真摯な目で私を見つめる。
「先輩への愛の告白その1」
「はいはい。分かったから」
「本当に分かっているんですか?」
後数センチでキスができそうな距離から普段見せない表情で見られてどきどきしてしまう
「先輩のその顔に免じてこれ以上何もしませんよ。じゃまた部活で」
新田少年・・もとい彼氏になってしまった足早にかけていく後姿を見つめながらさっき触れられた髪の部分を握り締める。
彼のぬくもりがあったから私はこうして立っていられるのかもしれない。だけど・・・
「先輩。今月末の原稿見てくれますか?」
新田少年が文芸部に入って初めて見せてくれた作品に私は打ちのめされてしまった。
書き方とかはまだまだだけど、作品中に登場する人物一人一人に個性があり、言葉ひとつにも感情が見える作品
魔法にかかったようにフィクションがノンフィクションのように感じさせる強さがあった。
それは新田少年の存在のように、自分の言葉、ビジョンで表現できる事がうらやましくてたまらない。
自己表現がうまくいかなくて悩んでいた時に美術の授業で見に行かされた展示会で一つの絵に出会った。
言葉では語り尽くせないくらい綺麗で、そしていろんな感情が出てくる不思議な絵。
その絵を見ていて言葉で伝えられないなら文字で表してみたらいいじゃないとその日から毎日文章をつづるようになった。
文章をつづるごとに客観的に自分が何を表現したかったのか見えてくるようになった、その分言葉で表すこともできるようになった
文字をつづる事で私もあの絵のように何かを伝えられるかもしれないという希望も今では
「個性も何も見えない作品の寄せ集めでしかない・・・」
つづっても、つづっても分からない。追いつけないあの作品に彼が私に笑いかけるたびに、触れるたびに私の作品も私自身も衰弱していく。
そんな苛立ちをかき消すように右向け右教育の反発も重なって自分の個性を髪の毛にあらわしてみた。
髪の毛一つで何も変わらないと思っていたけど職員室に呼ばれて注意を受け、反論を抑えようと手を上げかけた時に
新田少年が「俺の愛する先輩に手を上げるな!!」って
唖然とする先生達と職員室にきていたほかの生徒達 注意所じゃなくなりそれ以後私と新田少年は学内カップルとして見られるようになった。
初めはただの後輩で、ちょっと子犬のような感覚で接していたけど今では
「古閑先輩」
呼ばれるたびに胸がときめいてしまうのはなぜ?いつの間に?イヤダ・・・知りたくない。
書いた分だけ、年数が長い分だけ作品がいいものとして認められると信じていた。作品を上げる喜びと、他人の評価と賞が増えていくから自信があった。
その自信もいとも簡単に新田少年に壊されてしまった。
書かなきゃ、書いて書いて書いて今日も、明日も明後日も真っ白な原稿用紙を黒く染める。
書いている時には不安定な自分も、嫉妬も消えてしまうから
「あれ?古閑今日も早いな」
顧問の先生と部員がやってきて一枚の紙を手渡された。
「おめでとうございます。古閑先輩」
おめでとう?何が?
一枚の紙には全国の文芸作品コンクールの結果 その紙に私の名前を発見した。
「古閑だけじゃなくて新田は優秀賞に選ばれたんだ」
みんなの拍手とクラッカーの音の中で私はたたきつけられたような痛みを感じていた。
ー私が佳作で新田君は優秀賞ー
「やったー!!。先輩俺・・先輩?」
ワタシハカサクデニッタクンハユウシュウショウ・・・私は・・・
喜んだのもつかの間、みんなから向けられた視線はすぐに新田君に向けられる。
嬉しそうな表情で、私を見ないで。そんな声で、私を呼ばないで。
「・・・先生・・・」
握り締めて走ったからぐちゃぐちゃになった佳作の賞状、乱れた髪、荒い呼吸を整えても整えきれない
「私がんばっているのに、どうしてかな?どうして結果に結びつかないのかな」
いつものように笑って
「ちゃんと結びついていますよ。その賞状でははかれない所で貴女ががんばってきた事の結果が出ていますよ」
「結果ってどこにあるんですか?毎日毎日書きつづけているのにどうして優秀・・」
他人と比較してもしょうがないのに、作品にセンスがあるかないかで努力しても補えないものだって
「その原因は貴女が一番分かっている事ですよ」
何もかもを見ていたように何でも知っているような目
「楽しいですか?私が苦しんでいる姿を見ていて表面上は受け止めているけど本当は馬鹿にしているんですよね」
止まらない
「才能もないくせに文章をつづって、才能のある人の結果を見て苦しんでいる暇があったらもっと他の事を探せばいいのにって思っているんでしょ?
校則違反の髪型を認めさせる学力があるならがんばっていい大学に行けって本当は思っているんですよね?」
止めたくても止められない。
「本当にそれでいいんですか?」
吐き捨てるように暴言を吐いたのに質問を投げかけられて戸惑う私は
「え?」
さっき怒鳴っている最中に落としてしまったぐちゃぐちゃになった賞状と一緒にもってきた原稿の一部を拾い
「好きなことですよね。貴女の願い、気持ち、笑顔、涙も含めて文字一つ一つに込められる気持ち どうして隠してしまうのですか?」
男の人とは思えない綺麗な赤光先生の印象的な部分は誰よりも綺麗な目
苛立ちも、焦りも、虚勢も何もかもその目で見つめられると素直になっていく。
好きなものがあった。それは目に見えなくて、形になりにくいものだけど
それは誰かを思う気持ち 私がどれくらい彼を思っているのか 彼は言葉以上にどれくらい私を思ってくれているのか分からない。
形がないからいつまでもこの状態でいられない。現状に満足していたらきっと彼も私から離れてもっともっと進んでいく。
「小さい頃一枚の絵を見て文章をつづるようになって、賞をもらうようになって回りの期待が大きくなっているのを感じ出した時に落選した事があるんです」
結果を待っていた学校の先生、両親のがっくりした顔 賞を残せなかった事で「期待して損した」って吐き捨てた一部の人の声
「賞を取らないと私は私としていられない、いちゃいけないって言われているから私は」
今でも耳に残る言葉を忘れるように、思い出さないように書きつづけた。たくさん本を呼んで研究をした。
結果として飛躍的に文章力は上がったけど肝心の自分らしさがどこにもない。稚拙な表現をなくして、技巧的な言葉で埋め尽くされている作品
綺麗な文章綺麗な 綺麗な綺麗な綺麗な・・・・・ただ綺麗なだけの作品
「どこにも私らしさがないんです。何を伝えたくて書いているのか分からないんです」
「その私らしさを感じるのは新田君の作品という事ですか?」
自由で、奔放な風のような浮力を羨ましいと思って見つめだした。
「はい。でも彼が求めているのは私自身じゃなくて<古閑先輩>きれいで、いつも先を見ていて、自分なんですよ」
おざなりの理想を演じるのはいつもの事だから苦しくなかった。
でも彼に触れれば触れるほど、感じれば感じるほど苦しくなっていく。
感情が不安定になって、体調以上と神経が衰弱していく。
「質問を変えます。貴女は彼の事を好きなんですか?」
「違う!私は新田君なんか好きじゃない。身を削られるような、何もかもさらわれてしまいそうな気持ちの変化なんか恋なんかじゃない」
「ただ淡く、楽しい気持ちばかりが恋じゃありません。時には今の貴女のように身を削られながら発展していく場合もありますよ」
いつも優しく笑っていた先生の顔が大人の男の人としての顔と彼の顔が重なって
知りたくなかった少年として見ていた彼が男の目で私を見ていた事なんて。
気分を切り替えるように部屋の窓をあけて吹き抜ける風に目を閉じる。
「せん・・いや赤光。もういいよ。学校の先生の振りお疲れ様」
赤光はいたづらがみつかった子供のような表情を浮かべ、そして尋ねた。
「気がつかれましたか。どうでした見つかりましたか?数学のように答えがひとつしかないものは」
「そうね。どんなに好きでも、願っていても才能がないのに続けていることは愚かな事。そして完璧な自分を見せようとがんばっても結局私には押し通す事ができなかった事」
赤光が作り出した空間。
赤光が先生で、私はいつもの学校生活を送る 新田少年の優秀賞という決定打の時に私はあの時と同じようになっているのか。
それが知りたくて案内人としての力を使ってもらっていたけど
「だめだった。結局私は赤光に合う前の私が思ったままだった。期待を裏切ってしまう事なんて何の罪悪感もないのに、彼を知ってしまった後から期待を裏切る事が怖かった」
いつも私を子犬のように追いかける少年
無邪気な声で先輩って呼んでくれる事をいつのまにか心待ちにしていた。
「本当の私は思ったよりも弱くて、本当は何も才能なんてない事知られる前にこの不可解な気持ちを消したかったのに。」
軽く触れられるたびに心臓が早く打ち出すようになって、眠れない夜が続く。
私も好きだよなんて・・いえない
「これ以上そばにいたらきっと彼、、いや新田君を嫉妬でがんじがらめにしてしまうだけ。だから私は彼がいる世界からは消えてしまいたい」
言ってしまったらこの気持ちが暴走してしまうから。
「では私と一緒に館に戻りますか?」
「・・・悲しんでくれているの?私の為に」
「ええ。こんな風に逃げたまま終わりを迎えようとする手助けをするけど、それが貴女の選択なら」
「っ。・・だったらさっさと私を蝋人形にするか、消滅してくれたらよかったのに!!それを時間を使って同じ結果の空間を作らなくてもよかったじゃない」
少し冷たい手が私の頬に触れる。
「貴女は誰かに助けを求めていると感じたから。苦しい時も苦しいといわないまま 言えないまま自分を保っているものを捨ててしまうのだけは避けたかったから」
「こ・・ここは屋上?」
冷たい風なのに空は白々しいほど青く、うっすらと昼の月がでている。
「もう一度聞きます。私と一緒に館に戻りますか?」
「・・・もうどこにも場所なんて」
才能がない事分かった 期待される重圧にも耐え切れない 理想の先輩を演じる事ももうできない。
弱い自分なんて誰も、いや同じ体だけど今まで通りにはあつかってくれないんだろう。誰からもそうなってしまえばいいと思っていた。
どんなに楽が どんなにさげすまれてもいいと思っていた。失うものなんて何もないと思っていた。
「いいえ。貴女の場所ならありますよ」
視線の先をたどるとそこに彼は立っていた。
「先輩・・やっとみつけた」
見られたくない。こんなゆがんでしまった顔 冷静さも何もかも投げ捨てて誰よりも何よりも大切な存在に向ける目も
「あっちいってよ。もう理想を演じている私の後を追う必要もないでしょ?優秀賞の新田君」
酷い事を言っている。これ以上視線を合わせてしまわないようにフェンスの先へ先へ向かう
「何だよ?優秀賞って俺は先輩と同じ視線に立てたから嬉しいのに、どうして逃げるんですか?いつもいつも」
「うるさい!私・・本当に新田君と話すの怖いんだ。見ているだけでどきどきして、どんどん心臓掴まれるくらい」
息を切らして私を見つけてくれた事だけで嬉しいのに 喜んでいいのに。
私はそれ以上の言葉を望んでしまう。
「俺はいつだって先輩を見ていました。文芸部入ったのも少しでも俺の事知ってもらいたかったから。もっと落ち着いていると思っていたど先輩って子供みたいですよね」
・・・・・痛い
それが君の答え・・・?一生懸命<古閑先輩>を演じてきたけどそれすらも無駄だったの?
再び背中を向ける。これ以上何も聞きたくない
「先輩?・・何フェンス乗り越えようとしているんですか?あぶ・・ってー。赤光先生何するんですか?」
「無様ですね。君彼女の事見つめていたって言っていたけど全然分かっていないじゃないですか。そんな生半可な気持ちで彼女を止めようだなんて」
「え?・・何言って」
「ずっと理想を押し付けられ、その理想が解けてしまった事を君にだけは知られたくない気持ち。それが不安になっていつか自分は君から見放される事におびえていた。
そんな事も分からないで ただ好きだって攻められるごとにその不安が上がっていく。原因の君が、自分の事以上に必死で守ろうとしているものがある彼女になにができるんですか?」
「あっちいってよ。赤光私連れて帰らなくていいからさ」
「守るものはも方法ももっとほかにありますよ。どんなにつらくても 苦しくても逃げたらいけないことは誰にだってあるんだから」
「みんな嫌い・・・」
「うそですよ」
くるしい 誰も好きになんかならない 大好きだから
かなしい 手を伸ばせばそこにあるけど 理想の私じゃないから触れる事ができない
そばにいて さめた目で見られたくない 今までの関係をこれ以上壊したくない。
その顔に影をささせてしまったのは私がちゃんと理想の私を演じきれないから 壊したくない かけがえのないものだから 誰も私の前からいなくならないで
これが本当の気持ち
「あー!!何だよさっきから二人でいい感じになっていて。それに理想の先輩って何?」
「・・いつも冷静で、感情を表面に出さずにいるクールビューティな古閑先輩でしょ」
「違いますよ。俺初めはそう見ていてけど先輩の作品が落選した日 先輩がここで泣いているのを見た時憧れから、この人を守りたいって思ったんだ。
いつか先輩を支えられる男になって、一人で声を押し殺して泣かなくてもいいようにがんばってきたんだ」
初めから知っていたんだ。
本当の私と禁止した拙い言葉といわれた作品の事も
それを分かっていて惜しみなく私にいつもたくさんの気持ちを伝えている。
「に・・」
フェンスをまたぎ彼のそばまで行こうとした瞬間強風にあおられて私の体は落下し始めている。
私を呼ぶ声が聞こえなくなっていく。せっかく伝えようと思ったのにどうして?
「貴女はこの世界から逃げ出しますか?」
怖くて目を閉じたままの状態で赤光の声が聞こえた。より近くに 今まで以上に
「いやだ。私はここの世界にいたいよ」
「わかりました」
「えー!?」
近くに声を感じるから不思議になって目を開けるとすぐそばに赤光が私を支えながら一緒に落下した状態
何も答えずに手を振りかざすと地面がへこんで無事に着地していた。
「助けてくれてありがとう」
苦しそうな表情を隠していつもの笑顔で
「大切なものを胸にしまったまま あきらめたまま大人にならないでください。願いを叶えるのは貴女自身の今の行動が叶えていくものだから」
「先輩!先生だいじょ・・ってー」
大音声で聞こえてくる階段の音と声そして目の前でこけた新田君をみて
「それに貴女には彼がいるんだから決して一人じゃないですよ」
赤光と私が笑い出したのが不服だったのか、ちょっとうつむきながら
「あー・・・かっこわる。だからいつになっても俺少年扱いなんだ・・」
「私は館に戻ります。あとは少年じゃなくて貴女の恋人に素直になってくださいね」
「うん」
赤光が館に戻ったのを確認した後うつむいている彼の体を抱きしめた。
「せ・・先輩」
戸惑っている、力を入れないで軽く触れている手の震えも
不安だったのは私だけじゃなかった。君もだったんだね。耳元で彼の名前をはじめて呼ぶ。
「これからはちゃんと名前で呼んでよね」
と一緒におねがいもつけて。
風のように私の心をさらって その心を惜しみなく暖めてくれた太陽のような暖かいぬくもりそして真っ暗な私の心をさまよっている私
月明かりの光は暴くのでなく真っ暗な心を照らしてくれているのに私はわからなかった。
「いままでごめんね」
月明かりもふくめて教えてくれた彼に対して言った言葉。
苦しみも悲しみも今までの綺麗な寂しさを捨ててもう一度やり直そう。
私と君で まぶしくて君から逃げていた私だったけど今からは逃げないから。
目をそむけずにこれから作っていく未来に歩いていけるから 苦しみも悲しみも今まで見た景色を忘れないように胸に刻むように。