蝋人形の館 羽化 BGM アンダーグラフ 忘却の末、海に還る、君の声、ツバサ

お姉ちゃんから聞いたことがある。この世界には心を病んだ人が決断する場所があることがあることを。
一日一人話を聞きながら、話しながら蝋人形になるか、現世に帰るか、消滅する事ができるとお姉ちゃんがいっていた。
お姉ちゃんは生きる事を選んで今もこうして私の傍にいるけれど今私は悩んでいる事がある。

私は中学3年生。そう将来の進路の事だ。
幼い頃から最初は押し付けられた英才教育を施された音楽を止める事を考えている。
だって私の演奏は心がないから。
どんなに(お気に入りの人は別)すばらしい演奏を聞いても心が躍らない。頭では分かっているんだこの演奏はすばらしいってことが
でも私の心には届かない。
どうして。あんなに名曲を聞いてきたのに
どうして。私の心は凍ってしまったの?
いつから?どこから?

だからいっそのこと音楽を止めて普通に大学にいって、結婚して、ありきたりなアーティストとしての自分じゃない生活を送った方が楽かなとか思うんだ。
でも折角がんばってきた事をあっさりとやめることも出来ないしやじろべえ見たいにあっちにいったりこっちにいったりしている。
思考する事をやめたい。
そう思ったから私はここにきたのかな。この蝋人形の館に

「はじめまして蝋人形の館にようこそ」
その声と一緒に同時に出た言葉
「赤光?」
確かお姉ちゃんは赤光といっていたからその名前を私は言った。
「ごめんなさい。赤光兄ちゃんは療養中だから案内人代理としてオレ風我青蓮が今案内人しているんだ」
「そうなんですか」
「やっぱり赤光兄ちゃんの方がいいよね」
不安そうに目を細めて私を見るからその目が今の自分と似ている気がして安心できた。だから

「いえ。これも何かの縁だと思いますよ。私の話聞いてくれますか?」
「よかったー」
子供みたいに笑ったからつられて私も少し笑った。
こんな風に笑う人を今までみたことないからどう対処していいのかわからないけれど今は自分に正直になりたい。
「ふつつかな者ですがオレでよかったらいくらでも話聞くよ。でも選択はお客様の判断だからお客様のことを第一優先させていただきますね」
「って・・・オレまだ見習いだから言葉使いだめなんだけどそれでも大丈夫?」
心配そうな顔して私を覗き込むから青蓮は私の事本当に気遣ってくれているんだとわかった。
私は首を縦に振った。
「私は大丈夫だよ。今の青蓮の言葉と表情見て信じているからね」
「ありがとう」
この言葉を聞いたの何年ぶりだろう。
嬉しかった。言葉一つでこんなに私を幸せにしてくれるなんて

ふかふかのソファーと青蓮の目線があう高さの椅子目に優しい照明
自然と心が落ち着く。
こんな安堵感感じたの久々だ。
いつも音楽音楽で頭で手で演奏してきたから肝心な心でキャッチすることを忘れてしまったんじゃないのかなと私は思った。

「青蓮。お客様いらっしゃるの?お茶もってきたよ」
一番近い扉から女性の声が聞こえた。
「そ。いらっしゃるよ。さんきゅー要」
ドアが開いたから注目したら目の前には
「あ・・・浅倉要??」
思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
その声を聞いて青蓮も女性もビックリしたように私を見て二人で笑いあっていた。
「そう。はじめまして。浅倉要です。よかったらお名前教えてくれないかな?」
「は、、はい」
声裏返っているのかもしれない。
緊張してしまって喉がカラカラになっている感じがする。
「私桜井裕です。貴方のCDすべてもっています。クラッシックからボーカルになってからのCDで特に『素肌で革命』が好きなんです」
「え?要ってそこまで有名なの?」
青蓮が不思議そうに聞く。
「うーん・・・・そうみたいよ。でも嬉しいよ。普通ファンだのなんだのいいながらガチガチになっているのにサイン求めているのに自分の意見言ってくれる人は初めてだからね」
スコーンとお茶を載せていたお盆とかをテーブルに置いて私の前に手を差し出してくれた。
「はじめまして。裕ちゃん。私の事は要って呼んでよ。青蓮も青蓮でいいよね?ね?」
服で自分の手を擦りながら首を横に振って
「そ・・そんななれなれしくないですか?」
「そこまで私の事好きでいてくれるんだからそれくらいお安いことだよ。だから。ね?いいでしょ?」
「オレも青蓮でいいよ。裕ちゃん。」
二人の笑顔が眩しかった。
こんなに綺麗な笑顔見たの久々だからどうしていいのかわからずにとりあえず私も笑ってみた。
でも引き攣っているのかもしれないけれど・・・。
「じゃ遠慮なく・・・青蓮・・・・っつ要」
二人とも笑顔をさらに笑顔を重ねて頷いて
「はい」
と返事してくれた。

「私が焼いてみたんだけどどう?おいしい?」
とりあえずカラカラになった喉を潤そうと用意してくれたお茶とスコーンをほおばった。
「おいしいよ。か・・要。」
あの天下の浅倉要が焼いてくれたスコーンをほおばれるってすごい事だよ。それにお世辞なんかじゃなくて本当に美味しいから顔が自然にほころんでしまう。
「やっぱり私の事名前で呼ぶの抵抗ある?」
「そうだね。私のあこがれだからその憧れの人が目の前にいる今が信じられないくらいだもん。」
「ちゃんと私も案内人代理の青蓮もここにいるよ。ちゃんと裕ちゃんのこと感じているよ。
だからもっとしぜんでいていいんだよ。ありのままの裕ちゃんのこともっとしりたいから」
CDやインタビューやテレビで見る浅倉要はどこか優しいんだけど一線置いている感じがしていた。
それでもすばらしい音楽を提供してくれて、私の音楽の道を先導してくれた。
そんな人が目の前で普通の友達のように笑ってくれるなんて信じられないくらいの奇跡に近いことだったから尚更ビックリしてしまう。
思わず毎日肌身離さず持っていたフルートを握り締めているとそれを見た青蓮が
「それ何?」
「ああ。これ私の楽器フルートっていうんだ。」
「裕ちゃんも音楽しているんだ。よかったら聞かせてくれないかな?」
「え・・・めっそうもない。私なんかの演奏なんてきけたものじゃないよ」
「ううん。今の裕ちゃんの演奏が聞きたいんだ。上手いとか下手とかじゃないんだ。今のありのままの音が聞きたいオレ」
優しい言葉を放つ青蓮の言葉と笑顔にかけられる言葉が見つからない。
勇気を振り絞ってソファーから立ち上がってフルートを取り出して構えた。
呼吸が荒い。
こんなに緊張したの久々だからどうしていいのかわからない。
いざ吹こうとしても体が拒否するように持ち上がらない。

そんな事が何分も続いて心配を隠し切れない二人の顔が苦しかった。
「ごめんね。無理いって。吹きたくない時だってあるよね。無理しなくていいよ。大丈夫な時にふいてくれたらいいからさ」
青蓮がそっと私をソファーに座らせて少し冷めた紅茶を勧めてくれた。
「でも音楽も何もない空間だからちょっと寂しいよね。私の演奏でよかったら聞いてくれない」
「え?」
「やりぃ!オレ要の演奏大好きなんだよなぁ。聞くの何年ぶりなんだろう。」
ここは一生に一度しか来れない場所じゃなかったのかなぁ?不思議そうに青蓮と浅倉要を見ているのを見ているとその視線を感じて
「ああ・・私前にも11歳の時ここに来たんだ。裕ちゃん下弥渚(しもやなぎさ)ってクラッシック界の人しらない?」
「知っている。有名なピアニストで将来有望なピアニストに入っていたけれど、今は・・・・」
言葉が封じられる。だって下弥渚は
「植物人間状態だよ。そこまで追い詰めたのは私のせいなんだ。私は物心つく前から両親から音楽の英才教育受けていて
毎日ピアノと向き合っていた。朝から夜まで毎日繰り返しの毎日 そんな時同じ先生の系列で下弥渚 私は彼女の事をやなぎって呼んでいるんだけど・・・。
初めてできた友達だった。私の演奏聞いてくれて喜んでくれてそれで音楽はただの戦争じゃないって知った。
お互い世間からも認められながら練習していくうちにやなぎが私の演奏聞いて『勝てない』って言い出したんだ。」
音楽は他人を癒す物だ でも時に同じアーティストとしては凶器にもなる。
「私はやなぎが喜んでくれるから演奏してきたけれど私の目の前で、やなぎは頚動脈を掻っ切った。私は急いで止血して119に連絡して何とか命は取り留めたけれど
植物人間状態になってしまった。
だから私は音楽が何かわからなくなってしまった。何もかもを捨てる覚悟で私は普通の高校生として日本に渡って音楽は捨てたんだ。
私は私がいたからやなぎは植物人間状態に追い詰めてしまった。その償いにもならないけれどできる事は音楽を捨てる事だと思っていた。」
重たくなっていく口調を無理やり声に出す浅倉要にかける言葉を探しているけれどでてこない。
悔しかった。
私はこんなに有名な浅倉要がこんな辛い傷を持っていることなんて知らずにミーハ−に無神経な発言してしまって自分の事が嫌いになりそうになっていた。
「そんな時にここに来て、初代案内人琥珀っていう自他ともに認めるサド案内人に更正されて(笑)もう一度音楽をしようって決めたんだ。
そして今は私は私のお世話をしていた人が私の身代わりに亡くなったからもう一度ここに案内されたんだ。
でも今は現在案内人の赤光は療養中だし、とても私の相談に乗る余裕ないからアシストとしてここの案内人のお手伝いしているよ。」
「そーなんだよなぁ。案内人って一見優雅そうに見えるけれどお客様の事知らなきゃいけないし、照明とか家具とかも考えなきゃいけないし
毎回大変だよ。要がいなかったらオレ案内人代理なんてできなかったよ。だから弾いて。オレ要の演奏聞きたい」
「あ、勘違いしないでね。私と青蓮は恋人同士じゃないからね。まぁプラトニックな関係だけどね(爆)」
こんな真面目な話していて私を笑わそうなんてこの人やっぱりすごい人だとまじまじとみてしまった。
「じゃオレ赤光兄ちゃんから要のバイオリン持ってくるよ。それまで二人で話していて」
青蓮は意気揚揚と扉を開けて出て行った。

「青蓮見ていると元気でるでしょ?」
少しの沈黙を破って浅倉要からそういわれた。
「はい」
「ああ見えても青蓮も心に傷を持っているんだ。それに今療養中の赤光は恋人を殺されてここにやってきたのをさっき話したサド案内人に導かれて
案内人になることで生きている。ここは心に傷を持っている人が来る場所だけど話を聞く案内人も傷を持っているって事知って欲しいんだ。
苦しいのは自分だけじゃないって事知って欲しいんだ。それに私も今の苦しみから逃げ出したいくらいきつい事あるからね」
「どうしたら・・・」
「何?」
「どうしたら苦しみを乗り越える事ができるんですか?親友を失って、今の傷を持っている貴女はどうしてそんなに強いんですか?
どうしたら私は貴女みたいになれるんですか?」
叫びに近い声が私の喉を振動させる。
「別に私は強い人間じゃないよ」
「え?」
「だから誰かと抱き合って、言葉を交わして傷を少しでも治そうとしているんでしょ?だから他人がいるんでしょ?」
「・・・・・・」
どういっていいのかわからずに私は黙り込んでしまった。
「ってことをここで学んだんだ。無理して自分を隠して強くならなくていい。ありのままで尚且つ自分を忘れない事が強いって事と私は思うよ。
傷は出来ても一生消えない事もあると思う。でもその傷を乗り越えられる強さを人間は持っていると私は信じているよ。」
「だから要も笑えるようになったの?」
「嬉しいよ。やっと自然に私の名前呼んでくれたんだね。そうだよ。多分ここに来なかったらそんな事分からなかったと思う。
もう一度音楽をしようと思わなかったと思うんだ。だから感謝している。ここに。だから私にできる事は限られているけれどやれる事はやろうと思うよ」
凛としている要の表情を見惚れながらますます私は要の事が好きになっていく自分に気がついた。
そして何よりも
「おまたせー」
「あ、青蓮。赤光の状態どうだった?」
「食事済ませてデータ−読んでいたよ。大分楽になったんじゃないのかな。はいバイオリン」
「ありがとう。」
「このバイオリンここにはじめてきた時に持っていたバイオリンなんだ。今のバイオリンはやなぎが使っていたバイオリンをつかっているんだけどね。
やなぎのこと忘れない為にも償いも兼ねてまた音楽しているけれど正直いつもこのままでいいんだろうか?って悩むときもあるよ。
でもね。そんな時はここで学んだ事思い出してまたがんばれるようになったんだ。いつもはお客様のために弾いているけれど今日は特別に青蓮と裕ちゃんのために弾くよ」
今まで見てきた浅倉要としてのアーティストは幸せの階段を上ってきた人だと思っていた。
でも他者と距離を取っていて自分を持っている。
それはこうして今まで話してきて距離をとっていることじゃなくて、自分を守っている処世術なんだと感じた。

あ、今まで笑顔だった表情が変わった。
真剣にバイオリンを構えて、顔つきがどこか冷たい表情に変わった。
最初の一音が心地よく響く。でも今なら分かる。力強くて、圧倒的に他者を侵食させない強さだけじゃなくて
楽器を弾いていて楽しくてたまらないと笑っている表情がそこにはあった。
こんな顔見たことがなかった。
これが演奏家浅倉要の本当の姿なんだ・・・・。
やっぱり私にはかなわない。
初めて楽器を持って曲が弾けた時の表情と感情が思い出してきた。
でも曲が弾けることが当たり前になってから忘れていた感情だった。それを要は自然に出している。
だからこんなに心の中に響いてくるんだろう。
※ちなみに弾いている曲はメンデルスゾーンです。作者大好きな曲です。

あっという間に曲が終わっておじぎをしている要に青蓮が抱きついた。
「すっげーよかったよ。かっこいい。」
「相変わらず抱き癖直っていないね。」
くすくす笑いながら青蓮の抱擁を軽く受け止めてどちらともなく体を離した。
「青蓮はストレートに表現するからね。うれしい時とかはこうして抱きしめてくれるんだ。だからそういう所も大好きだよ」
「オレも要の事大好きだよ」
「あ、LOVEじゃなくてLikeだからね。そこの所勘違いしないでね」
「前者だったらオレ琥珀にぶっとばされているよ。・・・・それだけは勘弁してくれ・・・・・。」
二人そろってはもっているから二人は分かり合っているんだなぁと感じた瞬間ズキンと心が痛んだ。
一体何に?その時の私はその胸の痛みの正体を知らなかった。
ただ二人が分かり合って笑い合っている姿を眺める事が手一杯だった。

「じゃ何かあったらオレでもいいし、要でもいいから呼んでね」
「わかった。じゃおやすみ。青蓮。要」
案内された寝室のベットに横たわりながらさっき聞いた要の演奏を思い出した。
どうしたらあんな音出せるんだろう。
きらびやかで、まっすぐで、それでいておしゃべりしているみたいな楽しさがあって言葉で表現できないすごい演奏をさらりとやってのける要が羨ましかった。
何よりもあんな風に青蓮を喜ばせる演奏ができる事が
って・・・私は・・・・・・・・・。
複雑な思いを抱えながらとりあえず水を飲もうとキッチンに向かっていたら明かりが見えた。

声が聞こえる。
そっと扉に近づいて耳を済ませるとパソコンと向き合っている要と青蓮がいた。
「要・・・オレ怖いよ。」
「青蓮らしくない弱気な発言だね。でもね案内人になるって決めたのは青蓮の意志でしょ?だったら見届けなきゃちゃんと目をそらしちゃだめだよ」
キスするくらい顔を近づけておでことおでこを重ねる要の手と体温を避けるようにすぐに青蓮は顔と手を離した。
怖い?何が?
「案内人になるにははじめてくるお客様を蝋人形にしなきゃいけないって決まりがでしょ?」
「そうだよ。オレ嫌だよ。裕ちゃんが蝋人形になるなんて見たくないよ。」
私が蝋人形になれば青蓮は案内人になれるの?

私が蝋人形になれば青蓮喜んでくれるの?青蓮の願いが成就されるの?

私が・・・・・・

私は扉から足音を立てずにその場を離れた。

「おはよう。青蓮。要。早起きしちゃったから今日は朝食作ってみたんだ。食べて食べて」
「大丈夫?はじめてくる環境だったから眠れなかったんじゃないの?」
私に近づいてこつんと頭を重ねてくる。
「あ、ごめん。要といる感覚でしてしまって・・・その。ごめんなさい」
慌てて私から離れていくのが寂しくて 寂しいといえなくて私はありきたりな言葉を口にする。
「いいんだよ。うれしかったし」
ぼそっと聞こえない声で最後の言葉を発した。
「おはよう。裕ちゃん。青蓮ね気に入った人しかこうして抱き合ったり近づいたりしないんだ。よっぽど裕ちゃんのこと気に入ったんだろうね」
くすくす笑いながらテーブルについた。
「食事は案内人が作るってことになっているけれどこうしてお客様に作ってもらうなんて初めてだからオレの落ち度もあるけれど
うれしいよ。裕ちゃんの食事が食べれるんだもん。残さず食べるよ。いただきまーす。」
「じゃ私も。いただきます。裕ちゃん」
作った私が言うのもなんだけど正直初めて作った料理だから美味しくないと感じた。
でも青蓮も要も笑顔で美味しそうに食べてくれて本当に全部食べてくれた。
私は目を閉じて また目を開けた。

「じゃ昨日吹けなかった私の演奏聞いてくれる?」
二人は笑って頷いてくれた。
大好きだった曲 初めて吹けた曲でもあり専門的な知識がつく前に吹いた曲を吹こうと決めていた。
ディズニーの星に願いを
私が演奏家になったら最初に吹こうと決めていた曲だ。
でももういいの。
私は これから口にする事を実行するだけだから。
これが最後の演奏になるんだから。

演奏が終わって要の拍手と青蓮の抱擁が私を迎えてくれた。
細腕で華奢な感じがしているけれどしっかりと男の人の手で私を抱きしめてくれた。
愛しい。この温もりずっと忘れないから
だから私の言葉を口にする事を許して欲しい。

「私・・・蝋人形になるよ」
「え?・・・・なんで?」
「昨日の要の演奏聞いてとてもかなわないって感じたんだ。このまま音楽を極めようとしてもきっと私は挫折してしまうと思うしそれに」
「・・・・それに?どうして?裕ちゃん」
心配の色を隠せない表情で要が近づいてきた。
まっすぐな二人の目に嘘がつけない。
「私青蓮の事好きだから。だからずっと傍にいたい。現世に戻ったらもう一生会えないんでしょ?だったら私は」
言葉を発するよりも先に塞がれた。
私のファーストキス青蓮に奪われた。

「オレも裕ちゃんのこと好きだよ。できればずっと傍にいたい。でも裕ちゃんには人を癒す力があると思うんだ」
「私も今の演奏聞いて裕ちゃんが本当に音楽が好きなんだなって感じた。確かに技術的な面はまだだけど向上するし、
音楽は腕で弾くんじゃない。心で弾くんだよ。心から湧き出る思いを楽器という道具で表現する物だと私は思うんだ。
私の演奏は他者を引き放つ演奏でアクロバティックな面が多いからそれをカバーするだけの技術力はもっているけれど
裕ちゃんはまだその力に染まっていない。真っ白な状態なんだよ。その真っ白な感情と音を忘れないで欲しいんだ。
きっといつか花開くよ。きっとたくさんの人を癒してくれるよ。
裕ちゃんにはその可能性があるって感じるんだ。と裕ちゃんが尊敬している浅倉要がいうんだから信じてよ」
二人の声が優しくて、弱音を吐いた私に向ける笑顔がそれ以上に優しくて泣けてきた。
「私、青蓮も要も好きだよ。ずっとそばにいたい。でも私はただのお客様でしかない・・・・・」
「会いたいって気持ちがあればいつかきっと会えるよ。私ももう少ししたら現世に戻るし青蓮は・・」
「オレは時間も季節もない空間で心に傷を持っている人と向き合っていく案内人になりたいからここに残るけれど忘れないよ。裕ちゃんのこと
だから笑って別れようよ。いつかきっと会えるよ。だから夢を忘れないで欲しいんだ。いつかきっと会いに行くから。だから現世に帰ろう。
いつかきっとお互い夢をかなえた時今よりも笑えるように。ね。笑おう裕ちゃんが裕ちゃんでいることがいられることがオレが何よりも生きていく意味に変わるから」
一言で言えば私と青蓮とは住む世界が違う。でも違うからこうして出会う事が出来たんだ。
泣きながら 泣きたくなったのを堪えて笑った。
それを見て青蓮も要も笑ってくれてさらに強くぎゅっとしてくれた。
その温もりが心地よくて、その笑顔の意味に気付きたくて私はお願いした。
「ねぇ私の髪の毛切って」
ずっと演奏家になるまでは切らないと決めていた髪の毛はいつの間にか腰まで達していた。
ただ親が強いたレールにまたがっていた自分 いつの間にか私は音楽がないとダメなことに気がついた。
心が欲している。求めている。
だから何回でも挫折してでも演奏したいんだ。
今度こそ自分のために。要みたいに演奏を楽しむ心を忘れないように。真っ白な気持ちを忘れないようにしていたいんだ。

「じゃさよならは言わないよ。またね」
「うん。私が現世に戻ったら裕ちゃんのこと探す事出来たら一緒に演奏しようね。そして」
「ショートも可愛いよ。昔の裕に戻ったみたいな感じがする」
他人の髪の毛を切った事がない青蓮はあんのじょう見るのも無残な髪型に仕上がりつつあったけれど、要のフォローがあったのもあって
今の髪型に治まった。
裕ちゃんじゃなくて呼び捨てで呼んでくれたからお客様と案内人という距離を感じることが少なくなっていく気がした。
「願掛けって願っていた思いをオレと要の手で摘み取ってしまってしまって・・・・でもありがとう。これここに来た記念」
ターゴイスブルーに近い綺麗な蒼のブレスレットを渡してくれた。
「大切にするね。私こそ夢を思い出させてくれてありがとう。じゃあね」
私の初恋の人
「本当に大好きだよ。青蓮」
今度は自分から青蓮の唇にキスした。
青蓮はゆでたこみたいに真っ赤になりながらはっきりと
「オレも裕のこと大好きだよ。女の子からそんな事言われたことないから最初は戸惑ったけれどあのキスは慰めとかじゃなくて
本気で好きだからしたんだよ。初めてだからどうしていいのかわからなかったけれど。大好きだ・・・・でも」
現世と蝋人形の館の扉が閉まる。
抱きしめあっていた手を離して私は現世に戻った。

まぶしい光が差し込んだと思ったら明け方でいつものベットの上だった。
あと3日で願書が切れる音楽学校の願書に記入してその足でポストに投函した。
いつかきっと二人に負けないくらい眩しい自分になれるように。会えるように。今出来ることを精一杯がんばるように。
二人の言葉が私に羽をくれた。
その羽は飛べるだけじゃなくて、止まる場所を探して大変な事になることもあるけれど安心できる場所がある事があると知ったから
私は飛べる。ここからどこへでも

蝋人形の館では。
「ごめん。赤光兄ちゃん、黒紗・・・オレ案内人になれなかったよ。」
深深とオレは二人に頭を下げて謝ってもどうしようもないのはわかっていても今出来る事をオレもしていた。
頭を上げない俺の手を握ってくれたのは要だった。
「青蓮。ちゃんと頭上げて。ちゃんと赤光の顔見て」
要の温もりが心地よくて言われるがまま二人の顔を見た。
「三代目案内人おめでとう。」
赤光兄ちゃんがオレに手を差し出してくれた。
え?
「案内人に必要な事はお客様を受け止める包容力だけど、何よりもお客様を現世に復帰させる力と優しさを忘れないことだから
案内人になる条件は『お客様を現世に戻す事ができるかどうか』なんだよ」と黒紗が言う
「でも、蝋人形にならなきゃいけないって言ったのは何故?」
「そうでも言わなきゃ案内人になりたいという本質が分からないからじゃないの?本当の気持ちが知りたいからあえて反対の条件を出す事で
どう判断して、お客様を誘導させるかみたいからじゃなかったのかな?・・・って私も一枚噛んでいたんだけどね」
「って事はオレ一人知らなかったってこと」
フラフラになるオレの体を支えてくれた赤光兄ちゃんがすまなそうに笑ってお疲れ様ですといってくれた。

なにがともあれオレは案内人になれたんだから前途波乱な事は分かっているけれど
赤光兄ちゃんに負けない案内人になれるようにがんばりたい。
何よりも赤光兄ちゃんにできる恩返し 赤光兄ちゃんが心から思っている恋人朋華さんがかかっているんだから
今度こそ二人で幸せになれるお手伝いができるようにオレがんばるよ。

ありがとう。裕。君がいてくれたから、君が初めてのお客様だからオレは案内人になることが出来た。
オレの初恋の人。
どうかその笑顔と真っ白な演奏を忘れないで生きて欲しい。それがオレの願い。